2018年のミス・ユニバースの栄冠を手にしたのは、オーストラリア系フィリピン人で,オーストラリアのテレビの司会などをつとめているカトリナ・グレイ(Catriona Gray)さんです。フィリピン人の優勝は2015年のピア・ウォルツバック(Pia Wurtzbach)の受賞,1973年のマルガリータ・モラン(Margarita Moran-Floirendo)に次いで歴代3回目です。
世界3代ミスコンであるミスユニーバスの常連国フィリピンは、常に上位入賞が国民から期待されていますが、それでも優勝は特別嬉しい知らせとして国民は大いに盛り上がっています。フェイスブックなどのSNSでは、上位3名のみに与えられるファイナル・クエスチョンに優勝者がどう答えたのか等が拡散されています。
著者は、大会の映像を見ましたが、インタビュー、優勝者を発表する前の堂々たる姿は堂々たるもので、媚びない凛とした美しさを感じました。まさにミス・ユニバース。しかし、フィリピン、ミス・ユニーバス強いです。
(独身)女性の美を競うミス・コンテスト(ミスコン)は、ボクシング、バスケットボールに並んで人々が楽しむフィリピンの娯楽です。ミスコンはコミュニティレベルからなり、州、全国レベルのコンテストへと集約されていきます。
そして、世界3大ミスコンであるミス・ユニバース、ミス・ワールド、ミス・インターナショナルのフィリピン代表選出する全国大会はBinibining Pilipinas(ミス・フィリピン)といいテレビで放映され、多くのフィリピン人が視聴し、翌日はその全国大会が話題の一つになります。日本ではそれほどミスコンが身近に、そしてテレビで放映されることなどないため、少々驚きです。
なぜフィリピンがこれほどミスコンに強くなったのか?そして、その強さを支えるコンテスト自体の人気の理由は一体何なのか?それらミスコンの文化の背景にあるものを考えてみたいと思います。
そして、このカーニバル・クィーンは次第に”偶像化”されていき、中には地方の有力者と結婚し力を手に入れ、また自身が弁護士や医者として成功し、社会に影響を持っていくようになりました。美しいということは恵みであり、社会を生き抜く武器となります。
実際、故マルコス大統領の夫人、イメルダ・マルコスは優勝こそしなかったものの、ミスコンに出場し、賞を受賞。後に、マルコスに見初められます。美と権力が結びついた一例と言えるでしょう。
ミスコンのスポンサーもつき、ミスユニバースなどのコンテストのフランチャイズ化など、ミスコンの周りで様々な事がお金を稼ぐ種となります。いったん既得権益が出てくると、ビジネスとしてはかなり手堅くなってきます。
フィリピンには単一の民族意識を形成するのが難しい現状があります。フィリピン人ではなく、マラナオ人、ビコール人など、言語グループに分かれて民族意識を形成する傾向にあります。ただ、ミスコンが海外で行われる場合は、皆「フィリピン人」としてフィリピン代表を誇りに思い、熱烈に応援します。
2011年ミス・ユニバースフィリピン代表Shamcey Supsupさんのミスユニバースファイナルでの「Love My God」の回答は有名です。
この回答に多くのフィリピン人が絶賛し、彼女こそがミスユニバースだ!という声が多くありました。
また、ブログ「フィリピン超法規的殺人―ミスコン優勝者の回答が与えた波紋」でかきましたが、近年は以下のような質問も賛否がありました。
ミスコンをよしとする規範があり、それに該当する女性は参加し、更に社会的承認を受けていく傾向があること。フィリピンでは、美人はただの美人として終われません。美人は社会によって承認を受け、称賛され、さらなる高みに登っていく可能性が開かれます。
http://news.abs-cbn.com/focus/01/30/17/why-beauty-pageants-are-popular-in-the-philippines
著者は、大会の映像を見ましたが、インタビュー、優勝者を発表する前の堂々たる姿は堂々たるもので、媚びない凛とした美しさを感じました。まさにミス・ユニバース。しかし、フィリピン、ミス・ユニーバス強いです。
フィリピンの代表的ミスコン Binibining Pilipinas (c) https://www.bbpilipinas.com/ |
そして、世界3大ミスコンであるミス・ユニバース、ミス・ワールド、ミス・インターナショナルのフィリピン代表選出する全国大会はBinibining Pilipinas(ミス・フィリピン)といいテレビで放映され、多くのフィリピン人が視聴し、翌日はその全国大会が話題の一つになります。日本ではそれほどミスコンが身近に、そしてテレビで放映されることなどないため、少々驚きです。
なぜフィリピンがこれほどミスコンに強くなったのか?そして、その強さを支えるコンテスト自体の人気の理由は一体何なのか?それらミスコンの文化の背景にあるものを考えてみたいと思います。
フィリピンでのミスコン人気の理由を探る
1) ミスコン優勝者+入賞者の偶像化
フィリピン大学のホセ・ウェンデル氏曰く、ミスコン人気は第二次世界大戦前にさかのぼります。第二次大戦前、カーニバルクィーンがフィリピンの物産をリージョン全体に宣伝する一助を担っていました。このカーニバル・クィーンは所謂サイド・イベントだったのですが、次第にカーニバル以上に大きな規模となっていきました。そして、このカーニバル・クィーンは次第に”偶像化”されていき、中には地方の有力者と結婚し力を手に入れ、また自身が弁護士や医者として成功し、社会に影響を持っていくようになりました。美しいということは恵みであり、社会を生き抜く武器となります。
実際、故マルコス大統領の夫人、イメルダ・マルコスは優勝こそしなかったものの、ミスコンに出場し、賞を受賞。後に、マルコスに見初められます。美と権力が結びついた一例と言えるでしょう。
2) ミスコンの制度化
フィリピンが後に国際的なミスコン(ミス・ユニバース、ミス・インターナショナル等)に参加するようになってミスコンは次第に制度化されていきます。勝者は空港からマラカニアン宮殿に続く熱烈なファンに迎えられたパレードとなります。政府もミスコンを社会的現象として認識します。つまり、ミスコンへの参加、それに勝つことが社会的に認められ、様々な形で賞与が与えられるようになってきます。3) ミスコンのビジネス化
そしてミスコンは更にはビジネスとなってい行きます。制度化されることで、それによって生計を立てる人たちも出てくるようになります。国内外をとわず、フィリピン人のコミュニティではミス・○○というコンテストが行われます。ミスコンのスポンサーもつき、ミスユニバースなどのコンテストのフランチャイズ化など、ミスコンの周りで様々な事がお金を稼ぐ種となります。いったん既得権益が出てくると、ビジネスとしてはかなり手堅くなってきます。
4) 民族意識形成の一助
また、ホセ・ウェンデル氏ミスコンが根底的に民族意識を支えようになったとも分析しています。政府はむしろそれらをバランガイ(フィリピンの行政の最小単位)、州、地域のレベルで行うように推奨しました。フィリピンには単一の民族意識を形成するのが難しい現状があります。フィリピン人ではなく、マラナオ人、ビコール人など、言語グループに分かれて民族意識を形成する傾向にあります。ただ、ミスコンが海外で行われる場合は、皆「フィリピン人」としてフィリピン代表を誇りに思い、熱烈に応援します。
5) 宗教的・社会的価値や規範の強化としての機能
ファイナリストは必ず質問を受けるのがミスコン。それらの質問は大体が参加者の持つ価値が問われるものばかり。キリスト教的な価値を前面に押し出した回答が受けています。家族、愛、シンパシー、平等、正義など。なので、インタビューの回答が全国紙に取り上げられるようなニュースになることもただあります。2011年ミス・ユニバースフィリピン代表Shamcey Supsupさんのミスユニバースファイナルでの「Love My God」の回答は有名です。
質問: もし、彼女が彼女の愛する人と結婚するために宗教を変えねばならないとしたら?
回答:もし、信仰を変えねばならないなら、私はその人とは結婚しません。なぜなら私が最も愛するのは私を創造してくれた神だからです。私は信仰・原理原則をもち、それが今の私を私としてくれました。なので、彼も私の神を愛すべきです。
この回答に多くのフィリピン人が絶賛し、彼女こそがミスユニバースだ!という声が多くありました。
また、ブログ「フィリピン超法規的殺人―ミスコン優勝者の回答が与えた波紋」でかきましたが、近年は以下のような質問も賛否がありました。
質問:今日のこの国で起こっている超法規的殺害について、あなたの意見をお聞かせください。
回答:生命とは贈り物です。もし、殺害が何百万人の人の命を救うとしたら一人の命を犠牲にするほうが、皆の安全が脅かされ、人類が永遠に危機にさらされるよりは良いと思います。
なぜ、フィリピンはミスコンに強いのか?
ブログ「ミスワールド2013年の栄冠はフィリピンに!-フィリピンがミスコンに強い理由-」では、さらりとミスコンに強い原因を挙げましたが、もう一歩踏み込んでフィリピンが世界的なミスコンで好成績を上げる理由を追求すると、社会全体としてサポート、推奨する仕組みがあり、それに参加していくことで社会的なステータスを上げていく個人があり、社会と個人の両方に望ましい環境が備わっているからであると言えると考えます。
1)システムが作られている
2) 参加者のモチベーションが高い
社会的格差が大きいフィリピンにおいては、ミスコンでの成長が個人の達成感を超えて、社会的な成功につながる可能性が非常に高いため、強いモチベーションをもって参加しています。世界のどの地域にあってもミスコン参加者のモチベーションは軒並み高いと思いますが、フィリピンの場合は参加者や優勝者はモデル、セレブとしての活躍が保障される、あるいは政治家など有力者に見初められるなどのことがあります。全国大会が全国放送されており、多くの家庭で視聴していることを考えると、納得ですが・・・美人がただの美人以上の期待を受けるのです。3) 教育方法とその環境
良い成績をとるものには賞与を与え、皆の前で称える。親もそれによって子どもを誇りに思い、(勉強ができる)こどもはより自信を持っていく。世界的な趨勢とは異なるフィリピンの教育ですが(!)、こうした明確な勝敗を子どものころから経験しているということで、コンテストへの構えが自然とでき、また教育システムで訓練されている、人前に立って発表することなど、全て彼らの幼少期から経験し、トレーニングされています。4) 使用言語が英語
国際的なミスコンの言語は英語です。もちろん、ファイナリストたちに通訳がつくこともありますが、フィリピン人参加者には不要。英語はフィリピンの公用語。少々から、英語でアニメ、映画を見て、ラジオから流れてくる洋楽を楽しみ、学校では理数系の学問は全て英語で行われ、図書館の本はほとんどが英語という環境。英語が公用語であり、このような環境で育ったフィリピン人たちは、他の英語を介さない国の参加者と比較して英語で受け答えすることへのストレスが少ないでしょう。
また、他国参加者との会話もスムーズになります。ミス・ユニバース米国代表などが英語をわかったふりをして頷くだけのベトナム代表や、英語話せないとカンボジア代表を嘲笑し大炎上したことは今回の大会の一つの話題になりました。彼らのコメントは差別的で下卑たもの(!!!←インスタグラムの動画を見て本当に不快になりました)ですが、英語を介さないことで他の参加者との対話の機会が少なくなるというのはストレスであるため、英語を話せるということが自ずとアドバンテージになっています。
インスタグラムの動画
https://www.instagram.com/p/BrUCOkHHWNT/?utm_source=ig_embed&utm_campaign=embed_video_watch_again
閑話休題
2015年のミスユニバースのハプニング!
2015年、フィリピン代表ピア・アロンゾ・ウォルツバックさんが優勝したときのこと。司会者のミスで、はじめに優勝者はミス・コロンビアと発表されたのですが、その後に司会が気がついてミス・フィリピンと誤りを修正!
会場は騒然としたのはもちろん、王冠をミス・コロンビアからミス・フィリピンに移すのは大変不思議な光景でした。会場や他の参加者へのミス・コロンビアへの同情がすごく、ミス・フィリピン、折角優勝したのにステージのはじに追いやられる始末。優勝したミス・フィリピンが喜べないというなんともかわいそうな事態になりました。
なぜ、フィリピンはミスコンがこんなに強いのか?ミスコン文化形成の背景
ミス・ユニバース2015はフィリピン代表に!―42年ぶりの快挙
美人コンテスト―Binibining Pilipinas 2014
フィリピン強し‐ミス・インターナショナル2013の栄冠を手に!
ミスワールド2013年の栄冠はフィリピンに!-フィリピンがミスコンに強い理由-
また、他国参加者との会話もスムーズになります。ミス・ユニバース米国代表などが英語をわかったふりをして頷くだけのベトナム代表や、英語話せないとカンボジア代表を嘲笑し大炎上したことは今回の大会の一つの話題になりました。彼らのコメントは差別的で下卑たもの(!!!←インスタグラムの動画を見て本当に不快になりました)ですが、英語を介さないことで他の参加者との対話の機会が少なくなるというのはストレスであるため、英語を話せるということが自ずとアドバンテージになっています。
インスタグラムの動画
https://www.instagram.com/p/BrUCOkHHWNT/?utm_source=ig_embed&utm_campaign=embed_video_watch_again
5) 出場者のキャリア形成
出場者の観点からすると、入賞者たちは後のキャリア形成に非常にポジティブな影響を与えています。大体は、芸能関係で活躍しています。2015年にミスユニバースの栄光に輝いたピア・アロンゾ・ウォルツバックさん*は芸能分野で活躍しつつ、国連のAIDS啓蒙のための大使として活躍しています。ミスコンから次なるステップがあることで、参加者の層に厚みが出ます。閑話休題
2015年のミスユニバースのハプニング!
2015年、フィリピン代表ピア・アロンゾ・ウォルツバックさんが優勝したときのこと。司会者のミスで、はじめに優勝者はミス・コロンビアと発表されたのですが、その後に司会が気がついてミス・フィリピンと誤りを修正!
会場は騒然としたのはもちろん、王冠をミス・コロンビアからミス・フィリピンに移すのは大変不思議な光景でした。会場や他の参加者へのミス・コロンビアへの同情がすごく、ミス・フィリピン、折角優勝したのにステージのはじに追いやられる始末。優勝したミス・フィリピンが喜べないというなんともかわいそうな事態になりました。
最後に
こうしてみるとミスコンは過去半世紀以上にわたり、深くフィリピン社会に浸透しました。上記のようなハプニングもたちどころに多くのフィリピン人の知るニュースとなり、話題となります。また彼らの発言がニュースになり、また政治権力と結びつきお互いのキャリアを助けたりしています。それらの相乗効果で今後もフィリピンはミスコンの上位国として君臨し続けることでしょう。関連ブログ
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ミスワールド2013年の栄冠はフィリピンに!-フィリピンがミスコンに強い理由-
参照ウェブサイト
Why beauty pageants are popular in the Philippineshttp://news.abs-cbn.com/focus/01/30/17/why-beauty-pageants-are-popular-in-the-philippines
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