世界的ヒットとなった映画「ボヘミアン・ラプソディー」の主人公フレディの両親、そしてフレディ自身も「パールシー(Parsi)」でした。「パールシー」とはインドのゾロアスター教、または拝火教と言われる宗教の信者のこと。世界史に出てきた「鳥葬」を行うあの宗教のことなの?と思った人も多かったはず。
日本人にとってあまり馴染みのないゾロアスター教ですが、イラン、イラク、パキスタン、アゼルバイジャン、ジョージア、北米、イギリス等の地域に信徒がいます。それらの国には信者たちの信仰の拠り所である寺院もあります。
しかし、ムスリムのモスク、仏教の寺院、キリスト教の教会とは異なり、ゾロアスター教の寺院は身近にはないため、一体どんな特徴がある場所なのか、想像ができませんでした。そんな中、アゼルバイジャンにはゾロアスター教の寺院があり、入場料を支払うことで一般にも公開されているのことでしたので、訪れてみました。
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ゾロアスター教(拝火教)寺院(アテシュギャーフ)の永遠の火
一時は途絶えた火でしたが、建物の修繕とともに蘇り、古代の人々の火への祈りを今に伝えています。 |
ゾロアスター教ってどんな宗教?
神官ザラスシュトラ(ゾロアスター)※により創設され、イランの民族宗教として、古代ペルシャで栄え、中国やインドにまで広がり、イスラムが台頭する7世紀まで中東の中心的な宗教でした。(※ニーチェ『ツァラトゥストラはこう語った』のツァラトゥストラとはこのゾロアスター教の開祖、神官ザラスシュトラのドイツ語読み。)
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ゾロアスター教(拝火教)寺院(アテシュギャーフ)の様子 |
「アヴェスター」を経典として、善悪二元的な思想を持ち、終末論(世界の始まりと終わりについての世界観を有している)、三善「良き考え、良き言葉、良き行い(Good thoughts, good words, good deeds.)」の実践をする宗教であり、それまで支配的であった多神教から最高神アフラ・マズダーを信仰の対象するという、一神教の基礎を築きました。この信仰はユダヤ教、キリスト教、イスラム教にも大きな影響を与えたと言われています。
しかし、同地域にのちにイスラム教が台頭して後ササン朝ペルシア帝国が滅び、ほとんど消滅し、イラン高原やインド(ムンバイ)に逃れた信者の末裔、神事を司る階級もあり、現在に至るまで信仰を保っています。
減少の一途にあるゾロアスター教?
ゾロアスター教は血統主義で両親もしくは父親がゾロアスター教でないとゾロアスター教徒にはなれません。現在のゾロアスター教徒は全世界で約13万人と言われていますが、両親あるいは父親がゾロアスター教でなければ信者にはなれないこと、また少子化により、その信者数は減少傾向にあるようです。
鳥葬
「鳥葬」という葬法で弔う宗教であったという高校時代の世界史の先生の説明を今も鮮明におぼえています。「鳥葬」とは、ご遺体を塔(ダメフ「沈黙の塔」)に配置し、鳥たちに食べさせる葬法です。大地と火を汚さぬようにするためであり、また魂が天上に登るようにするためと言われています。アゼルバイジャン郊外の荒涼とした土地を見ると、ダメフからご遺体が天上に登っていくというのが、想像できます。
バクーの拝火教寺院と永遠の火
このバクー近郊にある拝火教寺院は、インド北部、トルコ、シリアを結ぶ隊商のルートとして17世紀に建立されたと言われており、ゾロアスター教の他、ヒンドゥ教やシーク教との寺院として使われ、僧や巡礼者の往来があった場所でした。18世紀に栄えましたが、信者の多くを占めていたインド系住民の減少のために19世紀には閉じられてしまいました。20世紀初頭に調査が行われ、修繕が行われて、現在に至ります。
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拝火教寺院を訪れる観光客は多く、狭い敷地内にもかかわらず多くの人で賑わっておりました。
中でも南アジア系の観光客が多かったように見えます |
名前のAtashの意味は、「火」です。敷地は、五角形としており、中心には「永遠の炎」が灯り続けていましたが、その火は1969年に火種である同地域の石油の枯渇のため一度消えてしまいました。現在は、ガスパイプが引かれ、燃え続けています。周辺に石作りの僧房があります。
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寺院の中心に置かれた永遠の火
悪の勢力を追い払うとされる火 |
各僧房は小さく、現在はこの寺院の成り立ちを伝える資料、中には等身大の人形がおいてある部屋もあり、入った瞬間どきりとしますが、祈るもの、病めるものがこの場所に来ていた当時の様子を伝えています。
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バクーの拝火教寺院(アテシュギャーフ)の僧房僧房には、この拝火教寺院の修繕の様子、どの時代に栄えたのか、そうした展示もあります。 |
展示には男性しかおらず、男性のみが信徒というわけではないものの、こうした寺院にいくことができたのは、実際に神事を執り行う神官が男性であるということを踏まえると、男性のみだったのではないかとも思われました。
悪を退ける火
文化人類学では、食べ物、音楽、火があるところに人が集まると言われます。火の神秘性は、必要もないことですがアゼルバイジャンやゾロアスター教の出現したイランには天然ガスが埋蔵されており、地表に吹き出しており、摩擦熱などで着火し、燃え続けています。
観光名所として知られるアゼルバイジャンのヤナル・ダグでも同じように地下の天然ガスが地表の割れ目から吹き出し燃え続けています。燃え続ける神秘的な炎が信仰の対象となったことは想像に難くありません。
ゾロアスター教には、壮大な創造譚があり、終末論があります。創造以降、光と闇が激しく争っており、終末にはその闇が滅びて、光が闇を制するという考え方があるのですが、火がその悪を退ける働きをするため、火をともし続けることは重要なことです。
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バクーの拝火教寺院の内部の構造 |
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中央の火を中心に、供え物を置く場所、儀式用の台等の拝火教寺院 |
現在はすっかり観光地として知られている寺院で、宗教的な行事は行われていないと聞きますが、寺院内に展示されているイメージ図や、模型を見て当時の姿を想像することができます。寺院中央に灯されている火とまたその周辺の火に人が集まる様子が、模型で記されています。
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僧房として使用されていた部屋に置かれる模型 |
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僧房として使用されていた部屋に置かれる模型
巡礼者も訪れていた場所です。 |
日中訪問しましたが、もう少し暗い時間(冬場の夕方)に訪問したら、火が際立ち良いのではないかと思われましたが、今の夏が終わりつつある時期では難しそうです。
日本では、あまり触れることがないゾロアスター教の人々の信仰、文化とその成り立ちを考えることができる同地の訪問は良かったので、オススメしたいです。
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