タガログ語の学習という名目のもと、様々なフィリピン映画を観てきました。現在は、全体の質から、フィリピン映画の黄金期と言われる、数十年前の状況からは程遠い状況が続いると言われています。そして、それに激しく同意するものです。
「映画」は所詮「映画」なのですが、フィリピン文化、ショーケースとして、教材の一つとなると思います。近年の映画のあるあるのシーンから、それらが見せるフィリピン文化について考えてみたいと思います。
シングルマザーの家庭であったり、両親が早くに他界した家庭、もちろん、幸せ一杯の家族であったりするのですが、この家族構成が、主人公の恋愛にも明らかな形で影響を及ぼすのもフィリピン映画のパターンの一つ。
なので、家族で食事をするシーン、主人公が落ち込んだ時にお母さんに相談する、家族(親)と口論になるものの、最後は仲直り・・・というのは、主人公の恋愛と二本柱です。
参考ブログ「[書籍] フィリピン社会と個人ーフィリピン4つのFの背景を知る」
そのため、親は無理をしても、子どもをロースクールに入れたりするのですが、全ての子どもが、勉強に向いているわけでもなく、そして全ての子どもが弁護士になりたい!というわけではありません。
映画でも(司法試験に落ちた、あるいはロースクルーに通わなくなった子どもが両親にむかって、泣きながら)「お父さんとお母さんを失望させてごめんなさい!」というシーンがあります。(例「The Break Up Playlist(2015年)」「Four Sisters and a Wedding(2013年)」)
家族の不和、特に、主役である男性あるいは女性とその父親、あるいは母親との関係。特に、母親と子どもとの関係がクローズアップされることが多いように思います。母親が子どもを置いて、他の男性の元に行ってしまった等。
以前から矛盾がありつつも、表面化しなかった問題が、劇中に様々な事象により顕在化され、別れたり、口論になったり、家出したりするのですが、最後は、当事者同氏が涙で謝罪して許しを請い、最後は抱擁して和解というパターン。
(例「Crazy Beautiful You(2015年)」)
比較的エロティックなシーンが多くなるのもこの映画。そのため、スタイルがよい、セクシー系と言われる俳優が起用されます(例:「No Other Woman」(2011年) , 「The Love Affair」(2015年)、「The Unmarried Wife」(2016年))。
関連ブログ「[映画] また不倫映画?The Unmarried wife - 不倫ネタ多し、近年のフィリピンの映画」
貧困者層がまだまだ多いフィリピン社会では、この貧困と社会階層の差を乗り越えた恋愛というテーマは映画はまだまだ多いです。
海外を舞台にした映画も数多くあります。それほど映画のための予算がないフィリピン映画において、ロケは短く、そして、スタッフは最小人数で。そうした限られたリソース野中、フィリピン人労働者の海外生活の難しさ、孤独感などが描かれます。(例:「Barcelona: A Love Untold(2016年)」)
あり得ない!ストーリー展開のため、どちらかと言うとおとぎ話のような印象をうけましたが、フィリピン映画で余計なものを削ぎ落とし、純粋に他者を思う心が描かれているという意味では、嫌味なく、そして切ない恋愛映画として楽しめました。
上記のような映画を見ると、やはりフィリピンでは家族が大事で、間違いも犯すけど、許しがあり(許しばかりで、同じ過ちを繰り返すということもただあるのですが・・・)、親の願いの通りに生きたいけど、辛いことも多い、
近年で、ぐっと来たフィリピン映画は、「Heneral Luna(2015年)」歴史フィクションに分類されるこの映画は、アメリカーフィリピン戦争のルナ将軍を描いたもの。フィリピンのベタベタの恋愛映画に疲れたら、そして、フィリピン人の深い心情が知りたいという人は絶対観るべきでしょう。
もっとぐっとくる映画を観たい!という場合は、70年台、80年台の映画を探すべしです。
有名なものは、ノラ・オノールのHimala(奇跡)です。聖母マリアを見たという女性、エルザが起こす奇跡と、それによって徐々に狂い始める孤立したフィリピン山村の大衆を描いています。ノラ・オノールの鬼気迫る演技、そして、ストーリー展開は、近年のフィリピン大衆映画では味わえないものです。
ショッピングモールの映画館には、海外の洋画と共に毎月新しいフィリピン映画が放映されています。低予算、お決まりのパターンの映画にもかかわらず、手頃な娯楽として、市民に愛され、それなりの観客数を稼いでいます。ぜひ、フィリピン滞在中は、フィリピン人の友人、恋人、家族と共にフィリピン映画を楽しんでみてください。
「映画」は所詮「映画」なのですが、フィリピン文化、ショーケースとして、教材の一つとなると思います。近年の映画のあるあるのシーンから、それらが見せるフィリピン文化について考えてみたいと思います。
近年のフィリピン映画のあるあるのシーン
Kilig(キリグ)が満載
フィリピンの恋愛映画で見かける、女子が好きな人を目の前に、舞い上がってしまう様子は、まさにこのKilig(キリグ)を表現するもの。好きな人の近くにいるだけでも、めまいがするほどドキドキして、ときめくすること。英語にしっくりくる訳がなく、しっかりと訳せないタガログ語の一つです。
好きな人が話しかけて来た時などに、(日本人的にみると)オーバーな表現をしますが、「あれ」です。映画ではことさらオーバーに表現するので、見逃さないはず。
家族の絆
恋愛映画でも、家族が描かれることが多いのがフィリピン。フィリピ映画でも、4つのF(Familyー家族, Faithー信仰, Faceー面子, Fiestaーお祭り)は健在です。特に、家族。恋人関係というのは、フィリピンにおける、家族となる一歩手前の関係。そのため、その背景となっている、主人公の家族構成についても描かれます。シングルマザーの家庭であったり、両親が早くに他界した家庭、もちろん、幸せ一杯の家族であったりするのですが、この家族構成が、主人公の恋愛にも明らかな形で影響を及ぼすのもフィリピン映画のパターンの一つ。
なので、家族で食事をするシーン、主人公が落ち込んだ時にお母さんに相談する、家族(親)と口論になるものの、最後は仲直り・・・というのは、主人公の恋愛と二本柱です。
参考ブログ「[書籍] フィリピン社会と個人ーフィリピン4つのFの背景を知る」
親の期待とそれに応えようとする子ども葛藤
家族の絆というものの延長線にあるのですが、近い関係性の故に起こるのが、親の期待に必死に応えようと子どもが葛藤するという姿です。フィリピンでは、子どもが沢山いたら、親は、子どもの一人は、弁護士に、あるいはカトリック教会の神父になってほしい!と思っているようです。弁護士になることで、社会経済的な安定が保障されます。そのため、親は無理をしても、子どもをロースクールに入れたりするのですが、全ての子どもが、勉強に向いているわけでもなく、そして全ての子どもが弁護士になりたい!というわけではありません。
映画でも(司法試験に落ちた、あるいはロースクルーに通わなくなった子どもが両親にむかって、泣きながら)「お父さんとお母さんを失望させてごめんなさい!」というシーンがあります。(例「The Break Up Playlist(2015年)」「Four Sisters and a Wedding(2013年)」)
壊れた関係とその修復
彼氏/彼女と別れ。劇中で、喧嘩、すれ違いから別れてしまいます。男女ともに問題があるのですが、映画の場合は、女性が別れを切り出すことが多いように思います。独立心旺盛な女性は、男性主導の関係性が心理的な負担になる、あるいは男性のどっちつかずの優柔不断な態度に嫌気がさす、浮気等が理由です。家族の不和、特に、主役である男性あるいは女性とその父親、あるいは母親との関係。特に、母親と子どもとの関係がクローズアップされることが多いように思います。母親が子どもを置いて、他の男性の元に行ってしまった等。
以前から矛盾がありつつも、表面化しなかった問題が、劇中に様々な事象により顕在化され、別れたり、口論になったり、家出したりするのですが、最後は、当事者同氏が涙で謝罪して許しを請い、最後は抱擁して和解というパターン。
(例「Crazy Beautiful You(2015年)」)
不倫もの
これは、フィリピン映画のテッパンです。嫌なテーマですが、それほど身近にあるということなのでしょう。不倫ものの大半は、男性の浮気に端を発するものが多いのですが、次第にダブル不倫になったり、美しい女性がその優柔不断な男性を奪い合うバトルに展開したりと、かなり激しい展開になります。比較的エロティックなシーンが多くなるのもこの映画。そのため、スタイルがよい、セクシー系と言われる俳優が起用されます(例:「No Other Woman」(2011年) , 「The Love Affair」(2015年)、「The Unmarried Wife」(2016年))。
関連ブログ「[映画] また不倫映画?The Unmarried wife - 不倫ネタ多し、近年のフィリピンの映画」
貧富の差
家族のサブテーマにある、その家族が属する社会階層が描かれることがあります。貧しさから、バーなどに務める美しい女性に恋をした、上流階級の男性。家族に女性の職業や貧困家庭出身であることを隠すものの最後には、家族にバレてしまい・・・紆余曲折がありハッピーエンドという映画(例:「Babe, I Love You(2010年)」)。貧困者層がまだまだ多いフィリピン社会では、この貧困と社会階層の差を乗り越えた恋愛というテーマは映画はまだまだ多いです。
ディアスポラ
フィリピンでは、国民人口の約10%が海外で、結婚して居住あるいは、仕事をしています。各地にカトリック教会を中心としたフィリピン人コミュニティが形成されています。海外を舞台にした映画も数多くあります。それほど映画のための予算がないフィリピン映画において、ロケは短く、そして、スタッフは最小人数で。そうした限られたリソース野中、フィリピン人労働者の海外生活の難しさ、孤独感などが描かれます。(例:「Barcelona: A Love Untold(2016年)」)
ゴールは結婚?
フィリピン人は離婚が出来ません。そのため、結婚は「Forever(永遠)」という概念を想起させます。数年前の映画のタイトル「May foever 」や歌のタイトルにもあるほど、永遠という概念がスキです。喧嘩したり、別れたり、色々あっても、最後には結婚してハッピーエンドという結末。(例:「Four Sisters and a Wedding(2013年)」)日本が舞台になった映画も
これは、上記のパターンから外れるものの、日本が舞台となり、主人公の家族関係についてもあまり語られないレアなケースとして、北海道で働くフィリピン人女性が主人公となった「Kita Kita(2017年)」本当のフィリピン映画を観たいならスターシネマ以外を選べ!
上記のパターン化された映画!を定期的に発表しているのは、フィリピン大手メディア、ABS-SBNの映画配給会社、スターシネマ。そこに所属する俳優がそれらの映画に出演しているため、数本それらの映画を鑑賞すると、メジャーな俳優の顔と名前を覚えることができます。しかし、中高年の層を演じる俳優が少ないのか、お母さん役、お父さん役、おじさん役などは、同じ俳優ばかりです(笑)また、「Love Team」といわれる同じ女優と男優の(映画の上での)カップルが起用されることもかなり多いです。上記のような映画を見ると、やはりフィリピンでは家族が大事で、間違いも犯すけど、許しがあり(許しばかりで、同じ過ちを繰り返すということもただあるのですが・・・)、親の願いの通りに生きたいけど、辛いことも多い、
近年で、ぐっと来たフィリピン映画は、「Heneral Luna(2015年)」歴史フィクションに分類されるこの映画は、アメリカーフィリピン戦争のルナ将軍を描いたもの。フィリピンのベタベタの恋愛映画に疲れたら、そして、フィリピン人の深い心情が知りたいという人は絶対観るべきでしょう。
もっとぐっとくる映画を観たい!という場合は、70年台、80年台の映画を探すべしです。
有名なものは、ノラ・オノールのHimala(奇跡)です。聖母マリアを見たという女性、エルザが起こす奇跡と、それによって徐々に狂い始める孤立したフィリピン山村の大衆を描いています。ノラ・オノールの鬼気迫る演技、そして、ストーリー展開は、近年のフィリピン大衆映画では味わえないものです。
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