オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)のベンスダ主任検察官は6月14日、フィリピンのドゥテルテ政権の「麻薬撲滅戦争」で行われた超法規的殺人に対して人道に対する罪を本格捜査するよう求めました。
ハーグにある国際刑事裁判所ー在オランダのフィリピン人と共に訪問時に撮影 |
※ICCが予備的調査を始めたことに反発し、フィリピン政府はICCを脱退していますが、加盟中に犯された罪については捜査できるとされる。
政府の反応
大統領のスポークスパーソンは、「大したことではない」と一蹴し、「法的に誤っている」「政治的に動機づけられている」とし、ドゥテルテ大統領は決して協力しないだろうと述べました。また、「52ページに及ぶ意見書を見て、Rappler(フィリピンのオンラインメディア)やABS-CBN(テレビ局)、Inquirer(全国紙)を引用していることを知って、少し落ち着きました」と述べています。つまり、情報源の信頼度は高くなく、これらに頼って捜査を継続することはできないということです。麻薬撲滅戦争とは?フィリピンで何が起こっているのか?
改めて、「麻薬撲滅戦争」とは何か?についてですが、ドゥテルテ大統領の最も知られた政策で、選挙活動から当選後一貫して「麻薬の撲滅」を訴えてきました。大変重要な政策ですが、その暴力的な方法故、この政策が国民を二分しました。麻薬戦争と名打った撲滅活動中の超法規的な殺人により、政府発表では約6千人ですが、人権団体の発表ではその倍である1万2千人が殺されたとされます。本来ならば、経るべきの法的手続きなく、犯人と思しき人物が殺害されるという殺人が繰り返されています。警察の調査、市民の密告等により、麻薬の売人を特定し、その売人を逮捕するというのが一般的な理解ですが、それだけではなく、その場で射殺すること、時には、売人に対して「逃げろ」と逃亡を促し、背後から狙撃するということも起こっています。遺族の証言では「遺体の右手には銃が握らされていたが、彼は左利きだった」等から、無抵抗な容疑者が射殺されていることが考えられます。大統領が演説で、逮捕に抵抗する容疑者を「射殺する」方針を示したことも、こうした事態に拍車をかけています。また、警察が”実行部隊”を雇い、売人を殺害するという事件、また、その場に居合わせた市民(子どもを含む)が殺害される等の痛ましい事件も多く、麻薬撲滅の方法には、大きな疑問が残ります。また、反対する活動家、ジャーナリスト等も命殺害されたり、命を狙われるなど、暴力に歯止めがかかりません。
賛成派と反対派
上述の通り、この麻薬政策は国民を二分しました。市民の安全を脅かす犯罪者が減り、安全になったと考える市民も多く、この麻薬戦争を支持する人は少なくありません。政府も政策の効果を示すため、犯罪率の低下を示す統計を発表する記者会見を開いたこともありました(統計データの正確さには少々疑問が残ります)。そして、政策を支持する人は、そもそも犯罪者に人権はないのだから、犯罪者一人が殺されることで、他の人の平和が確保されるのであれば、よいのではないかと言います。一方で、超法規的殺人は政府軍による裁判や法的な正当性なしの殺害であり法治国家にあるまじきことであり、また殺害逮捕されているのは末端の売人であることから、これで麻薬の売買が根本的になくなることはないと言います。
問題の解決につながらない政策がもたらす弊害
フィリピンに関連する日本人コミュニティの中でも、SNS上にこの政策を声高に支持する人がおります。それらに対して私は、反対意見を書き込み戦いを挑むつもりはありませんが、私は、麻薬撲滅政策は反対の立場です。まず、フィリピンが民主主義国であり、法治国家であること、一般市民が巻き添えで亡くなっていること、問題の解決につながっていないことが主たる理由です。問題解決につながらない理由は、麻薬がコミュニティ内で売買される根本理由(貧困、失業などから先々の生活が見えないこと、ストレス・・・)に対して、対応していないことです。今回の麻薬撲滅で一時的に売人が減っても、後々、また政策実施前同様に増えることが予想されます。そして、85%がカトリック教徒で、命の尊厳を説く教理を持ちながら、この政策が支持されているというのは大いなる皮肉だと感じています。
これに対して、フィリピンの民主主義とは名ばかりであるとか、司法は機能していない、フィリピンにおける再犯率が高いので、刑務所に収監する意味がない等の声もきかれます。しかし、超法規的殺害を黙認することの弊害が大きいことは明らかです。これによって、殺害に対してのハードルがぐんと下がることも大きな理由の一つです。今、賛成している人たちも怨恨などを理由に濡れ衣を着せられて、殺害の対象とされる可能性があります。(遺体のポケットに麻薬を仕込んで、「薬物利用常習者」「売人」とレッテルを貼られても、死人に口なしです)
長い道のり、しかし、その一歩を踏み出した
このニュースにフィリピン政府ともにいち早く反応したのが、被害者遺族と彼らと共に活動する人権団体です。遺族は、捜査の開始は、正義がもたらされるその一歩であるため希望的なニュースであると、メディアのインタビューにこたえています。ICCで判決が出るまでは非常に長い期間がかかります。予備審査に始まり、捜査、審理前、公判、控訴、判決・・・と数年を要します。容疑者が逮捕されなかったり、出頭しなかったりした場合は、法的な提出物を提出することはできるものの、審理を開始することはできない等様々な困難も予想されます。また、来年は大統領選挙の年であることから、捜査が容易となるか否か、誰が大統領になるかに左右されるでしょう。まだ、捜査を求めた段階にすぎませんが、異議を唱える可能性は低く、捜査が行われるという決断が下される可能性が極めて近く、長い道のりの一歩を歩みだしたといってもよいのではないかと思います。
国際刑事裁判所 (International Criminal Court,略称:ICC)とは?
日本ではあまりなじみがありませんが国際刑事裁判所(以下ICC)とは、各国際機関から独立して、人権侵害の加害者個人を裁くことができる(国家や武装グループ等の集団を裁くことはできません)、歴史上初めての「常設の普遍的な刑事裁判所」です。国内でICCの対象となる犯罪を裁くことが不可能、もしくは裁く意思のない場合にのみICCで裁くことができる仕組みになっています。
ICCの対象となる犯罪とは、集団殺害犯罪、人道に対する 犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪の4つで、関係国に被疑者の捜査・訴追を真に行う能力や意思がない場合等にのみ、ICCの管轄権が認められる、各国の国内刑事司法制度を補完する機関です。
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