検証!フィリピン人は野菜が嫌いなのか?

「フィリピン人ってあまり野菜たべないの?」

という疑問はフィリピンに遊びに来た友人たちが口にすること。

フィリピンの代表的料理は肉料理だけではなく、野菜も使った料理などもあるものの、食堂やレストランで食べられる“ごちそう”は肉が多いため、そうした印象を受けるように思います。

レチョン(Lechon)
豚の丸焼き
これぞ、フィリピンの肉料理の代表格!

著者のフィリピンでの食生活一例

それは単なる印象にすぎないのでしょうか?もちろん、友人たちが「客」であるためにホスピタリティの一環として御馳走を出すために肉料理となることもただありますが、フィリピンに滞在しており、自ら食の選択権(何を食べるか決められる)がない場合は一日オール肉料理となることもあります!
チキンの丸焼き
一例として・・・
朝:ソーセージとご飯
昼:アドボ (野菜は入っているけど肉がメイン)
夜:二ラガなどのスープもの(野菜はあるけど、それほどの量ではありません。)

通常、親族のお宅に御世話になるとこんな具合です。日本で摂取する野菜の量の1/3も満たない感じです。

またとある日は、朝はコンビーフと卵のスクランブルエッグとご飯、昼はフライドチキン(とある日のパーティの残り物)、夜はアドボ(しかも野菜がない肉のみのもの)。

著者は、ベジタリアンではありませんが肉類は食べずとも全く不満はない方。なので食べ物があることに感謝しつつも、いかにして用意していただいている食事を辞退しようかと必死で考えることもあります。

実際どうなの?

これは、著者が体験した極端な例、かつ客人としてもてなしを受けている証拠なのかもしれませんし、あるいは用意してくださる人の味覚の問題なのかもしれません。しかし、故人の選択として、野菜を食べない人もかなりいます。とりわけ都心に生活するフィリピン人で野菜が食べられない、あるいは食べられない野菜がいくつかあるという人は結構います。

かなり重症な人

以前に務めていた団体の同僚、野菜が一切食べれません。人生の中でこれほど野菜が食べられない人にあったのははじめてです。その同僚は他の同僚から無理やり野菜を食べさせられていましたが、「苦くておいしくない・・・」と抵抗。

「野菜食べてないけど、身体大丈夫」聞いたら、時々フライドポテトを食べているから・・・という答えが返ってきて、呆れたことも。フライドポテト、野菜ですが揚げている油がよくない!

また、甥っ子の一人は超偏食児。野菜の殆どが食べられません(汗)等々・・・

ビタミンはどうやって摂取しているの?

なぜ、好き嫌いという次元を超えて、なぜ人々は野菜を食べるのか?あるいは食べねばならないか?それは、健康の維持に必要な栄養素(β-カロテン (ビタミンA、ビタミンC、B1、B2、E、カルシウム、鉄、食物繊維など)が含まれているからです。もちろん、肉にもビタミンが含まれていますが、それだけでは偏ってしまいます。

では、上記に挙げたような食生活をしている人は様々な種類のサプリメント!で摂取しています。

野菜を食べて、それでも偏りがある際に“サプリメント”(補助)として摂取するもののはずなのですが、野菜の代りにサプリを採っている人たちもいます。ちなみに、サプリの医学的な根拠はまだ認められてないそうです。

なぜ、フィリピンでは野菜を食べないor摂取量が極めて少ないのか?

野菜=貧乏人の食糧説?という刷り込み

様々な事情があるようですが、野菜=貧乏人の食糧説と言う話を度々聞いたことがあります。野菜と肉ならば、同じ重さを購入するなら肉のがお値段が高いことはもちろん。
野菜ばかり、あるいはそれだけというのは、「貧しい」と感じられています。親、あるいは祖父母の貧しく、苦しい時代が思い出されるのかもしれません。

ちなみに、フィリピンで「貧しい食事」とされるのは野菜料理というよりは、トヨという小さい干し魚を夜のおかずとして頂くことだそうです。トヨというのは、調理すると特有のにおいが近隣一体に広がります。それで、近所の人が何を夕食に食していることが知られてしまうのだとか。なので、野菜=貧乏人の食糧説というのは信ぴょう性は薄いのかもしれません。

子どものころの食生活の影響?

「味の学習」という観点で積極的に子どもに食事を採らせているという家庭はそれほど多くはないようです。食べさせることに精一杯なのでとにかく、あるものを食べさせる。

しかし、問題はコーヒーを飲ませたり、揚げもの、甘いものの接種し、かなり刺激が強いものを少々のころから摂取させていること。また、子ども(小児)用の食事と大人用の食事の別がないこと。育児書に大人の味付けと同じものでも理論上は問題ないそうですが、濃い味付けに慣れて、大人になってからの生活習慣病につながる食生活が形成されてしまうと言われていますので、子ども向けには薄めの味付けがいいのだとか。

親の躾の影響?

野菜嫌いもたちどころに強制されるのが、親の躾・・・というか強制です。上記の野菜を全く食べない甥っ子の兄は野菜を食べます。何故兄は食べられるのか?と聞いたら、幼少期にかなり両親に強制して食べさせられたと言います。しかし、弟は末っ子。末っ子に甘い両親はその子が好きなファーストフードをかなり食べさせていたようです。

食べ物の予算の関係

食事にかけられる予算が少ないということも理由の一つになるでしょう。一品しか出さないなら、食べ応えのある肉を濃い味付け調理し、食卓に並べることで、白いご飯もすすみ満腹感を得られます。
フィリピンの大衆食堂の食事はまさに、しょっぱさにあります。お腹を減らしたジプ二ーの運転手などが、満腹感を得るためにちょっとのおかずで、大量のご飯を食べて満腹感をえる!

結局のところは?

著者は、家庭での野菜不足+野菜に対する価値観の刷り込み(貧乏人の食べ物)→家庭でよく調理されない→食べる機会がない→食べ付けていないので、ますます食べない→マーケットもこの流れにのって野菜の少ない料理を提供・・・となっているように思われます。

著者野菜は貧乏人の食事説はそれほどまに受けていませんが、肉料理=御馳走というのは日本でも同じだと思いますのでそのあたりの刷り込みは多少あるのだろうなぁと思いました。

また、調理しずらい台所の構造も一役買っていると思います。一軒家でも台所の床は何故かタイルがはられておらず、薄暗く、お手伝いさんが出入りするような場所という印象を受けます。食べ物を作る場所ですが、あまりリスペクトされているとは言えないと思います。そんなところに長く立ち、料理をしたいとは思いずらいのでは?と思います。
(家を新築した友人は従来の台所の作りが嫌いで、自らキッチンをデザインしたほどです)

結局、野菜嫌いというよりは様々な要素が重なり、結果食べなくなったということでしょうか。けど、フィリピンに野菜好きが増えて、野菜に感謝する人が増えたらいいなぁと思っています。

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