インド料理を作って、食べて、インドを学ぶ

国際学生の食事・文化交流会を参加する側から、主催する側になってしばらく経ちます。参加の度、マメに写真を撮り(何分作っている人たちは写真撮っている暇はないですから・・・)、近頃は簡単な会計のフォーマットを導入し、やったら楽しそうだと思えることを提案しつつ、気軽に、しかし水曜日の一日の大半を費やし、参加しています。

週によって、ホストとなる学生の国が変わるため、色んな国の料理が楽しめます。勿論、レストランで多国籍な料理を味わうことも可能ですが、予算内で工夫を凝らした料理と、プレゼンテーションが一度に味わえ、学部・研究室を超えた交流が可能になるため大人気のイベントとなりました。いつも定員を超える人数の希望者がいます。

大人気のインド料理!

とりわけ注目度が高かったインド料理。約60名ほどが参加したいと希望しました。場所の関係で全ての人を受け入れることができなかったわけですが、その人気を裏切らないインド料理、とりわけインド南部の料理を美味しくいただくことができました。

楽しげに料理をする友人、しかし揚げ物の量が多く少々後半は疲れ気味

メニューは?

用意してくれたのは4品。前菜にバジ、メインにビリヤニ(米料理)、デザートにキールの組み合わせでした。バジ(Bhaji)は, 野菜などをスライスして、衣を付けて揚げたもの。衣には豆の粉を使用、そこにパウダー状の唐辛子を入れ、薄くスライスした野菜を入れて揚げます。
今回使用した野菜はなすとじゃがいも。火の通りやすい茄子は油で揚げるとしっとりとして、サクサクの衣にぴったりです。じゃがいもは、味がシンプルなため衣との相性は抜群です。何もつけずに食べるのもいいのですが、玉ねぎをみじん切りにして、そこにレモンの絞り汁を加えた、簡単なソースをかけて食べても美味。スナック感覚で食べられ、シンプルながら味にアクセントがあり、おかわりに行列ができました。

インド料理、バジ(Bhaji)
バジ(Bhaji)
バジを作るのに、インドの学生とそれを手伝うイタリアの学生がひたすら、衣を付けて揚げ続けていました。単純作業な故にひたすらおしゃべり~♪。何故か話が結婚の話に。

インドの結婚話

インドでは恋愛結婚はもちろんあるものの、親が決めた結婚というケースもかなりあり、結婚式の当日まで顔を見たことがない!ということもザラにあるようです。結婚式も壮大にあげるため、当日も新郎新婦があまり話をできないということもあるのだとか。

疑問は、もし結婚後に相手に問題があるとわかったらどうするのか?だって、今まで一度もあったことはない、あるいはそれほど親しかったわけでもない場合は相手のことがわからないわけですから。インド学生曰く「前世の行いが悪かったと理解して、耐える」のだそうです。ヒンドゥーの教えには前世の思想があるので、そういうものだと・・・世界観・人生観から結婚観を見た気がしました。

インド料理、ビリヤニ(Biryani)
ビリヤニ(Biryani)
メインは、ビリヤニ(Biryani) スパイスと米(通常バスマティ米)、肉、魚、卵や野菜などから作る米料理で、ペルシア語で「炒めた」「焼いた」という言葉がその名の由来。しかし、調理の工程を見ていると、炒めるというよりは炊き込みご飯のようなもので、初めに野菜やお肉を沢山入れたスープを作り、その中にご飯を入れて蒸します。種類も様々で、特別な催しがあるときに振舞われる料理とのこと。

作ってくれた学生曰く、今回作ったものは比較的シンプルで、香辛料、とりわけスパイスは少なめにしているのだとか。香辛料の匂いが食欲をそそります。

炊き上がったご飯の横に細かく刻んだ人参をヨーグルトと赤玉ねぎを一塩で味付けした一品が添えられます。それをご飯に混ぜてもよし、わけて食べてもよし。爽やかなヨーグルトの風味と人参の甘さ、赤玉ねぎの辛味が効いて、ご飯と見事に調和。ご飯にヨーグルト系のものを入れて食べるなんて想像できなかったけど・・・美味です。

インド料理、デザート キール
デザートのキール
デザートのキールは牛乳のお粥ないしはプリンです。味は甘く、通常はお粥なのでご飯が入れるようですが、今回は麺を入れて作ります。
 キールにまつわる話として、お釈迦様が断食の苦行をされている時、スジャータという娘が、お釈迦様にこのキールを捧げ、お釈迦様は悟りを開かれたといいます。インドでは、ちょっとしたお祝いで食事を振舞う時にデザートとして出されるそうです。
 40~50人分のキールには6ℓくらいの牛乳を使用。その牛乳に麺を入れて、グツグツ煮ます。煮ている間に、アーモンドやカシューナッツなどを入れて、ひたすらかき混ぜます。麺がお互いくっつかないようになるまで、かき混ぜ、その後は弱火で煮込みます。ナッツが香ばしいキールの完成です。
 

学生・研究者の集まり

水曜日はいつも大忙しです。料理を手伝い、片付けもして、その後は帳簿も付けて・・・気がつくと深夜近く。建物は親切にも(^^;)夜の11:30まで使ってもよいということなので、お話好きな学生がひたすらお茶を飲みながら残っています。

彼らとの対話の中で、外国人にあって日本人にないもの・・・なんとなくの仮説を立てました。日本の技術力は世界に冠たるものがあり、また日常に深く根付く道徳観-道でお財布を拾ったら交番に届ける、ほかの人たちのことを考えて行動する等々-は広く日本社会で定着して、他国ではあまり見られないように思いますが、世界をどう理解するのかという世界観の不足が弱点なような気がします。

宗教を持つ人であれば「来世」というものがあるため、今の世をどう生きるのか?と考えるようになり、そして移り変わる世を捉える視点になるのでしょう。宗教に熱心でない人も文化圏ではきっと何か共有された世界観が存在しているのかもしれません。

先の学生さんのコメント、「前世の報い」から現在の自分を理解する視点などは、宗教の強い信奉者ではないという友人からもしばし聞かれます。日本に宗教がないわけではありませんし、死後を考えたり、社会を俯瞰する視点がないわけではないのですが、それほど現在の私たちのよって立つところを強くサポートしている訳ではないように思います。

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