国際結婚をして○○年というカップルの話を聞いて、愕然とした・・・というよりは、猛烈に憤ってしまいました。
何がそんなに頭にきたのか?
奥さんが、○○年日本に生活しながら、満足に日本語が話せないこと。そして、旦那さんの理解がなく、奥さんの語学習得のためにサポートをしてあげていないこと。
この場合は、日本人男性が外国人の奥さんを日本に迎えた場合です。もちろん、日本人妻が外国人夫に対して、という場合もあります。ただ、多くは外国人妻を迎えた日本人夫に見られるパターンなので、日本人男性にターゲットを絞っています。日本人男子をつるしあげるつもりはありませんが、結果こうなってしまいました(汗)。ご容赦ください。
よそ様家庭に口出しすべきではない!そしてそんなものは奥様の自主性に任せるべきだ!と思われるかもしれません。
はい、その通りです。もちろん、その点は決して否定できません。
ただ、奥さんの“自己責任”としてしまってよいのか?外国語である日本語を学ばないことによって懸念されることは、外国人妻の孤独そして、できることが限られてしまうこと、修学している子ども、教育への関与が限られてしまうこと、そして経済的にも弱い立場になってしまうことなどです。
日常生活ではなんとか片言の日本語で所要を済ませることもできます。また、理解ある人との会話、あるいは同国人のコミュニティで心通わせる友人がいると思いますが日常においては、孤立してしまうと思われます。特に子どもを持つようになると、子どもが通う学校の先生や親御さんとも会話し、学校で必要なことも理解する必要あり、これらには高い日本語理解が必要になってきます。
大人になってからの言語習得はいろんな面から難しいことは、日本人の英語学習を例にとってもわかります。
実際の問題、仕事を持っているあるいは、子育てに忙しい。忙しいといっても「自己責任」、プライオリティーのつけかたで片付けられそうですが、隙間時間をうまく使った学習を身につけないと、この時間の問題はクリアーできません。
一般的に大人が外国語を取得するのは、幼児が行うそれと大きな違いがあります。それを説明するのに、「臨界期」という考えがあります。ある一定の年齢に達すると、習得が困難になるという考え方です。年齢は4~5歳、あるいは小学校高学年ぐらいの12~13歳と諸説あるようです。
しかし、実際移民の子どもたちを見て、思春期を過ぎての移民とその前に移民した子どもたちの語学習得度は異なると言います。
また制度的に見ても子どもたちは公的な学校教育の中に組み込まれ、友人との会話の中で日常的に学んでいくことができます。
もちろん、大人になってから学び始め、ネイティブに近いレベルになった人の話は聞きますが、遠い道のりです。
日本人が英語を学習するに際して、ネイティブレベルとまでいかなくても日常のあれこれをこなせる言語力を身につけるべく、いろいろな本が出版されており、ただ聞いているだけで身に着く、多読、シャドーイングなどがあります。ここでそれらの是非は問いませんが、新しい言語に挑戦する際の好奇心もあり、しかし同時に心理的な負担もあるのではないでしょうか。
限りなく安く言語を学ぶ方法はあります。特に今は、パソコンがありインターネットに接続できれば、ネイティブの話すニュース映像、音声、読み物に無料あるいは極めて低いコストでアクセスできます。
私が英語の勉強を始めたときは、よくア○クさんのEnglish Journalなどの雑誌を購入し、別売りのCDなども購入しておりました。貧乏学生であった私にとっては極めて大きな出費でしたので、今のような状況は限りなくありがたいとよく思います。
当時を振り返り、お金があれば、絶対学校に通っていました。学校で身に着くことにも限界があり、あとは個人の学び次第なのですが、学校に行くという投資をすることによって得られることがあります。
勉強のスケジュール化
○曜日の○時~○時までは、勉強する!これは学校を休まぬ限りは絶対なので、その時間は強制的にも勉強します。そして、宿題も出されるため、学校のスケジュールに合わせて自宅でも学習します。
戦友を得る
お互い切磋琢磨し、時には愚痴も言いあう(汗)ような友人を得ると言うのは大きな収穫でしょう。外国人妻に至っては、滞在国の文化の違いなどについても、学校の友人たちと話し合うこともできます。
言語を学んだ先の可能性を知る
ネットワークを作ることによって、あるいは学校の先生を通じて、言語を取得した先にあるものが見えてくることもあります。
言語学習は長期続けると停滞する時期もあるので、学校などをうまく活用しながら、学ぶのはおススメですが、コストがそれなりにかかり、家計によっては大きな負担となってしまいます。
実は、わが夫も日常生活から学べると客観視。日常の会話は断片的かつ、パターンがわかるほど多聴できるものではありません。教科書で学んだことがどう応用されているのかを知るよい教材にはなりますが・・・
学校へ通うことは一時のコストの考えること。日本語が話せるようになることで、外国人妻が社会参画しやすくなり、やれることも広がります。本人も望めば、日本で職につきやすくなり、経済的にもプラスになります。
言語学習や日本社会への適応については、何よりも奥さんの立場を理解してあげることが大切なのかと思います。
こんなことを書きつつ、日本に嫁いだ外国人妻にエールを送りたいと思います。
「ニホンゴよくワカらナーイ」 写真素材ぱくたそ(www.pakutaso.com) (c)重村俊雄 |
何がそんなに頭にきたのか?
奥さんが、○○年日本に生活しながら、満足に日本語が話せないこと。そして、旦那さんの理解がなく、奥さんの語学習得のためにサポートをしてあげていないこと。
この場合は、日本人男性が外国人の奥さんを日本に迎えた場合です。もちろん、日本人妻が外国人夫に対して、という場合もあります。ただ、多くは外国人妻を迎えた日本人夫に見られるパターンなので、日本人男性にターゲットを絞っています。日本人男子をつるしあげるつもりはありませんが、結果こうなってしまいました(汗)。ご容赦ください。
よそ様家庭に口出しすべきではない!そしてそんなものは奥様の自主性に任せるべきだ!と思われるかもしれません。
はい、その通りです。もちろん、その点は決して否定できません。
ただ、奥さんの“自己責任”としてしまってよいのか?外国語である日本語を学ばないことによって懸念されることは、外国人妻の孤独そして、できることが限られてしまうこと、修学している子ども、教育への関与が限られてしまうこと、そして経済的にも弱い立場になってしまうことなどです。
日常生活ではなんとか片言の日本語で所要を済ませることもできます。また、理解ある人との会話、あるいは同国人のコミュニティで心通わせる友人がいると思いますが日常においては、孤立してしまうと思われます。特に子どもを持つようになると、子どもが通う学校の先生や親御さんとも会話し、学校で必要なことも理解する必要あり、これらには高い日本語理解が必要になってきます。
大人になってからの言語習得はいろんな面から難しいことは、日本人の英語学習を例にとってもわかります。
大人になってからの外国語習得が難しい理由
1.時間の工面
実際の問題、仕事を持っているあるいは、子育てに忙しい。忙しいといっても「自己責任」、プライオリティーのつけかたで片付けられそうですが、隙間時間をうまく使った学習を身につけないと、この時間の問題はクリアーできません。2.言語の臨界説
一般的に大人が外国語を取得するのは、幼児が行うそれと大きな違いがあります。それを説明するのに、「臨界期」という考えがあります。ある一定の年齢に達すると、習得が困難になるという考え方です。年齢は4~5歳、あるいは小学校高学年ぐらいの12~13歳と諸説あるようです。
しかし、実際移民の子どもたちを見て、思春期を過ぎての移民とその前に移民した子どもたちの語学習得度は異なると言います。
また制度的に見ても子どもたちは公的な学校教育の中に組み込まれ、友人との会話の中で日常的に学んでいくことができます。
もちろん、大人になってから学び始め、ネイティブに近いレベルになった人の話は聞きますが、遠い道のりです。
日本人が英語を学習するに際して、ネイティブレベルとまでいかなくても日常のあれこれをこなせる言語力を身につけるべく、いろいろな本が出版されており、ただ聞いているだけで身に着く、多読、シャドーイングなどがあります。ここでそれらの是非は問いませんが、新しい言語に挑戦する際の好奇心もあり、しかし同時に心理的な負担もあるのではないでしょうか。
3.モチベーション維持のためのコスト
限りなく安く言語を学ぶ方法はあります。特に今は、パソコンがありインターネットに接続できれば、ネイティブの話すニュース映像、音声、読み物に無料あるいは極めて低いコストでアクセスできます。私が英語の勉強を始めたときは、よくア○クさんのEnglish Journalなどの雑誌を購入し、別売りのCDなども購入しておりました。貧乏学生であった私にとっては極めて大きな出費でしたので、今のような状況は限りなくありがたいとよく思います。
当時を振り返り、お金があれば、絶対学校に通っていました。学校で身に着くことにも限界があり、あとは個人の学び次第なのですが、学校に行くという投資をすることによって得られることがあります。
勉強のスケジュール化
○曜日の○時~○時までは、勉強する!これは学校を休まぬ限りは絶対なので、その時間は強制的にも勉強します。そして、宿題も出されるため、学校のスケジュールに合わせて自宅でも学習します。
戦友を得る
お互い切磋琢磨し、時には愚痴も言いあう(汗)ような友人を得ると言うのは大きな収穫でしょう。外国人妻に至っては、滞在国の文化の違いなどについても、学校の友人たちと話し合うこともできます。
言語を学んだ先の可能性を知る
ネットワークを作ることによって、あるいは学校の先生を通じて、言語を取得した先にあるものが見えてくることもあります。
言語学習は長期続けると停滞する時期もあるので、学校などをうまく活用しながら、学ぶのはおススメですが、コストがそれなりにかかり、家計によっては大きな負担となってしまいます。
(夫の)どんなサポートが望ましいのか?
聞いた限りで(また、自ら経験した部分を含めて)、以下の点を強調したいと思います。
日常生活から学ぶ!とは楽観視しない
もともとの日本語レベルが高くない場合は、日常会話から学べるにも限界があります。また、間違っていてもどこがどう間違っているのか、他の人の話と比べて知ることができません。そのため、日常会話からの学習をあまり楽観視しないこと。実は、わが夫も日常生活から学べると客観視。日常の会話は断片的かつ、パターンがわかるほど多聴できるものではありません。教科書で学んだことがどう応用されているのかを知るよい教材にはなりますが・・・
言語学習のコストは一時的と考えること
学校へ通うことは一時のコストの考えること。日本語が話せるようになることで、外国人妻が社会参画しやすくなり、やれることも広がります。本人も望めば、日本で職につきやすくなり、経済的にもプラスになります。
根気強く見守ること
「こんなことも知らないのか」というのは、外国語学習の意欲をくじきます。大人になってからの語学学習であると理解し、根気強く見守りサポート。ときには家庭内で、一緒にお互いの勉強する機会を設けられるのが理想なのではと思います。そうすることで、夫も外国語学習とその取得の難しさを実感し、外国人妻の置かれている立場に多少の共感が持てるのではないかと思います。言語学習や日本社会への適応については、何よりも奥さんの立場を理解してあげることが大切なのかと思います。
こんなことを書きつつ、日本に嫁いだ外国人妻にエールを送りたいと思います。
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