[北アイルランド] シンボルの町ベルファスト:壁画(ミューラル)からのメッセージ

北アイルランドベルファストを旅したら、是非訪れたいのが街の各所にあるMurals(壁画)。ヨーロッパにおける政治的壁画としてもっとも有名といっても過言はありません。

描かれた壁画は、1970年から2,000点ほど記録されたと言われています。2014年に発行された本「The Belfast Mural Guide」によると、ベルファストのみで300もの壁画があると言われています。

壁画は、この地の文化、歴史、そして政治など、市民にとって重要な人物、出来事、各国の紛争や民族自決の戦い等を描き、行き交う人へメッセージを送り続けています。

壁画の街

ベルファストの街を行くと至る所で壁画を目にします。街の繁華街で見かけるものは、また英国のユーモアあふれるもの、芸術的なものがあります。
壁画のにぎやかさと傘が目を引き思わず中にはいっていくと・・・

壁の向こう側にある人々の生活が見えます
(コマーシャルコート通りの壁画)
街の中心地から郊外に向けて車を走らせると、政治的メッセージ性の強い壁画を目にするようになります。目出し帽を着る民兵組織、愛国心を高揚する強い政治的メッセージ、武力衝突で亡くなった人たちの記念する壁画も見られます。

全体のモチーフも黒く、目出し帽にドキッとします

世界の民族自決、革命闘争も壁画のテーマに・・・


有名な壁画

今回の滞在で唯一立ち止まって見ることができたのはボビーサンズの壁画。ボビー・サンズの壁画はフォールズ通りとセバストポリ通りの角にあります。ボビー・サンズ(Bobby Sands)はIRA の有名な共和派のヒーロー。映画「66 Days(2016年)」や「Hunger (2008年)」などの映画にも描かれています。

Bobby Sands
ボビーサンズの壁画

1981 年、囚人になっていたロング・ケッシュ刑務所でハンガーストライキを起こし、66 日目、27歳で亡くなりました。ストライキの目的は、英国政府にIRA の囚人を一般犯人ではなく戦争捕虜として扱ってもらうことでした。この措置は以前は認められていたもので、「厄介事」の最中は失われていたものです。当時のサッチャー政権に対して5つの要求が提出されました。囚人服着用の免除、刑務所内での労働免除、他の囚人との交際、教育・娯楽の活動をする権利、週一件ずつ面会、手紙、差し入れを貰う権利、抗議のため取り消された刑期短縮を返してもらうこと。

ハンガーストライキは二度行われ、最初に亡くなったのがサンズでした。亡くなる1ヶ月前に北アイルランドの選挙区の補欠選挙で英国国会議員に当選しています。

優しい笑顔が特徴である絵は、他の壁画には見られない特徴ではないでしょうか。絵の下に「ボビー・サンズ代議士、詩人、ケルト語話者、革命家、IRA 志願兵」と書かれています。壁画には投獄のチェーンが二羽の鳥に壊されており、とても詩的です。

左は「誰でも、共和主義者ではあってもなくても、自分特別の役割がある」(EVERYONE, REPUBLICAN OR OTHERWISE, HAS THEIR OWNPARTICULAR ROLE TO PLAY)、右の方は「我等の仕返しは子供の笑い声にある」(OUR REVENGE WILL BE THE LAUGHTER OF OUR CHILDREN)と書かれています。

アルスターの赤い手とは?

アルスターの赤い手

ロイヤリストのシンボルとして使われるアルスターの赤い手。壁画を含め至る所に描かれているこの赤い手は「20世紀少年(浦澤直樹のコミック)」の「ともだち」のマークのように思われ少々不気味でしたが、元々はオニールという有名なアルスター(北アイルランド)士族の家紋でした。
「20世紀少年」”ともだち”のマーク

この赤い手は民話に由来しています。アルスターの王座候補者が三人おり、ボートレースでの勝者が王座に就くこととなりました。レースが終わり間際で遅れていたオニールは勝つ見込みがないように見えたが、土壇場で自分の右手を刀剣で断ち切り、川の向こう側まで投げつけた。ルールにより「最初に向こう岸に手を付けた人」が勝つので、自分の手を犠牲にしてアルスターが王座に就きました。実は他にも色々なバージョンがあるようです。

アルスターの手は多く壁画に使われ、その名前はアルスター義勇軍(Ulster Volunteer Force、UVF)やアルスター防衛協会 (Ulster Defence Association、UDA)などのロイヤリストのシンボルにも使われ、彼らのみが使用するシンボルと見られていますが、アルスター大学のウェブサイトによると実は、ロイヤリストに多く使われながらもナショナリストにも共通するシンボルです。

壁画の描く未来


壁画はこの地域に「厄介事」と言われる暴力衝突が起こる1970年以前からありました。古くは20世紀初頭、ロイヤリスト(王党派)が英国王ウィリアム3世の肖像をプロテスタントのアイデンティティを強くするために描いたものがあります。1970年代に入りリパブリカン(共和派)も壁画を描き始めます。その時期はIRA(アイルランド共和軍)が過激化した時期とも重なります。

壁画には絵師がおり、ナショナリストであれば、ナショナリストの英雄をたたえ、またロイヤリストであればロイヤリストの英雄をたたえ、また政治的なメッセージを送り続けてきました。

1998年の和平条約をもってしても、小さな衝突や暴力は散発的に起こっています。しかし、壁画の制作に携わってきたロイヤリスト・リパブリカン両サイドの絵師は、構成員の異なるコミュニティの和解、分断された社会の統合を願い、協同することになりました。その様子がアルジャジーラ放送にドキュメンタリーの一部として放映されました。ドキュメンタリーの中で絵師の一人が「壁画はコミュニティが熱望する未来を描くべき」と答えています。絵師が描く絵もコミュニティの人々へ新しい視点を提供し、「厄介事」の解決の一助になりえるはずです。



壁画は、美術館に行かずとも誰にも楽しめるアートです。これまでは、政治的要素が強い壁画が作られてきましたが、今後は人々の目を楽しませる、そんなアートの登場が期待されます。
ジョージベスト選手の壁画がそうした壁画のよい一例と言えるのではと思います。帰国時に空港に向かうタクシーの中で運転手さんがロイヤリストであるとかナショナリストを問わず、「皆に好かれ、皆に支持される英雄だから」いい絵だとコメントしていました。今後ベルファストの街中にそうした壁画が増えていくことを願ってやみません。

壊される”壁”のイメージを壁画で表現



壁画紹介のウェブサイト

壁画のメッセージ、壁画に描かれる人物に興味があるものの、北アイルランド滞在中にすべてを回ることはできないという私のような人におススメなのが、上記で紹介したガイド本、そしてより手軽なものとしてウェブサイトです。

Virtual Belfast Mural Tour
ウェブサイト:https://www.virtualbelfastmuraltour.com
とても親切なウェブサイトで、マップでの分布がみられるほか、壁画の説明、アルファベット順の検索も可能です。親切な作りです。

Visual Belfast Mural Tour ベルファスト壁画ウェブサイト
Visual Belfast Mural Tour : https://www.virtualbelfastmuraltour.com


Belfast Murals

http://www.belfast-murals.co.uk
 Belfast Murals ベルファスト壁画ウェブサイト


Belfast Murals http://www.belfast-murals.co.uk
赤はロイヤリスト(英国派)、緑がリパブリカン(共和派)、青が文化という色分けです。
上記のウェブサイトのような壁画の紹介はありませんが、地図にはリパブリカンとロイヤリストの壁画の色で分けられており、どの地域にどのような壁画が多いのかが一目でわかります。旅のプラン作りに、また予習におススメです。

あとがき


今回ベルファストに行ってきましたが旅の心残りの一つが、時間を取って壁画を回れなかったこと。そこに描かれるシンボル、メッセージなどを読み取っていくとこの地域の政治の文脈をかなり立体的に理解できるのではないかと思ったからです。また、北アイルランドに来る口実ができました。

また、アルスターの家紋(赤い手)を見て、マスターキートン(TVアニメ)の21話「アザミの家紋」の話を思い出してまた観たくなりました(笑)。また、同作品のコミック第6巻第4章、5章『偽りの三色旗、偽りのユニオンジャック』は、IRAの闘志が殺害されるという事件から物語が始まり、政治的な詳細の説明がありませんが、物語として楽しめます。これも北アイルランド旅行前あるいは後に読まれることをおススメします。




参照ウェブサイト

Symbols Used by Both Main Traditions in Northern Ireland
http://cain.ulst.ac.uk/images/symbols/crosstrad.htm

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