スロバキアの首都ブラティスラバに行ってきました。つい最近、日本でスロバキア繋がりで話題になったのはリオオリンピックの日本人カヌー競技初メダリスト羽根田卓也選手がスロバキアでトレーニングを積んでいたという話。
ブラティスラバの旅
1. スロバキアってどんな国?
2. ブラティスラバの歴史地区を歩く
1. スロバキアってそもそもどんな国?
地理的には、北西にチェコ、北にポーランド、東にウクライナ、南にハンガリー、南西にオーストリアと隣接する、544万人、国土面積は49,036km2の内陸国。中世はハンガリー帝国、オーストリア帝国時代、チェコ・スロバキアの連邦体制を通過し、現在に至っています。かつては農業国でしたが、いまは工業が盛んになりつつあります。特筆すべきは、世界トップクラスのカヌーイストを輩出していること。
首都は人口約41万のブラティスラバ。スロバキアの政治、文化の中心地はドナウ川に面し、またハンガリーとオーストリアの国境と接している都市です。古城の高台に登れば、美しい山々を望むことができます。
2. ブラティスラバの歴史地区を歩く
実際、この都市の見どころは岡の上のお城と城下町のある周囲3キロ程の地域に集中しています。
ミハエル門
写真はミハエル門の尖塔を捉えたもの。18世紀後半にマリア・テレジア*がこのミハエル門を除いて全て撤去したため、旧 市街を囲む城壁の 4つの門のうち、現存する唯一の門。塔は、バロック様式に改築されました。先端には、ミハエルが竜と戦う姿の銅像で装飾されています。
武器庫としての役目も果たしていた ため、現在内部には武器博物館が置かれいます。
* 神聖ローマ皇帝カール6世の娘。ハプスブルク=ロートリンゲン朝の同皇帝フランツ1世シュテファンの皇后、共同統治者。
ブラティスラバの歴史地区の街並み |
聖マルティン大聖堂
大聖堂の塔は 85メートルあり、ブラチスラバ一の高さです。1563年から 1830年まで歴代ハンガリー王の戴冠式が行われたところとして知られており、 1741年にはマリア・テレジアもこの教会で戴冠しました(在スロバキア日本大使館ウェブサイト)。
高速道路沿い、ブラティスラバ城に行った際に近くを通りました。生憎夜間であったため、内部はみれませんでしたが、バロックの彫刻家ドネルによる聖マルティン騎馬像が有名で、著名な高僧や国の高官、ハンガ リーの大司教などが聖堂の地下室に葬られています。
中央広場
天気の良い日にはテラスがある喫茶店で人々がお茶をしながら談笑し、くつろぐ姿が見られ、ヨーロッパの風情を感じます。
中央広場 |
ブラティスラバは、中欧を回るパッケージツアーに組まれています。ただ、その場合はブラティスラバの特に歴史地区を回って(恐らく数時間)、次の目的地に行くというツアーが多いようですが、ブラティスラバに1泊し、華やかなウィーン、重厚なブダペストとは異なった街の雰囲気を楽しんでみてはどうでしょうか。
ブラティスラバ城
「ひっくり返したテーブル」のような形が特徴のブラティスラバ城。ドナウ川海面から85メートルの小高い丘の上に堂々と建っています。この地域の守りの要であったため、お城というよりは砦と言ってもよいかもしれません。そのためか、他のヨーロッパのお城のような荘厳さはありませんが、私は親しみをもてました。
ブラティスラバ城から望むドナウ川
ブラティスラバ城から望む夜景は、スロバキア日帰りでは味わえません。社会主義時代から首都のベッドタウンとして団地開発がおこなわれ、人口が集中するペトルジャルカ地区が古城から見渡せます。
小路
中世の世界に迷い込んだような、石畳の小路。教会やお城は見て、歴史を感じましたが、私はこうした石畳や、狭い路地を見て中世の街の雰囲気を感じます。
ブラティスラバの石畳の小道 |
歴史地区は1時間~2時間もあれば見どころを回れてしまうほどのサイズ。そのため、健脚でなくてもゆっくり歩いて、街を見て歩くことができます。また、近郊の町ウィーンと比較して、それほど混みあっていません。
また、歴史地区もいいのですがそこから少々離れて、戦争記念碑(歴史地区から徒歩で2キロほど)に訪問するのもよいのではないでしょうか。
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