2009年、フィリピン中央銀行がフィリピン紙幣偽造防止のためのリニューアルを決定し、2010年から早々に新しいデザインのお札が市場で使われるようになり、しばらくたちます。
中央銀行のお札のリニューアル発表後、段階的に新札に移行すべく、キャンペーンが行われ銀行や両替所などの窓口には、上記のようなポスターが張られていました。
ポスターにはまず、2015年度をめどにして札の交換が行われ、2016年度中は銀行での交換が行われ、市場では使われないことになり、2017年1月から新札に完全移行するという予定が市民に案内されていました。
しかし、予定通りにいかないのがフィリピン!しかし、結果的に今年の2017年6月30日までその交換に与えられた猶予期間は延長されました。
紙幣は、20、50、100、200、500、1000があり、貨幣は1、5、10、25センタボス、1、5、10ペソとあります。センタボスは1/100の単位です。
紙幣のデザインについてですが、まずは20ペソ紙幣から。
日常的によく見かけ、使う市民の紙幣20ペソはマニュエル・ケソンコモンウェルス(独立準備政府)初代大統領。大統領に再選した1941年12月、日本がアメリカに宣戦布告、翌1942年に日本がフィリピンを占領した際にアメリカに渡り亡命政府を樹立しましたが、故郷に帰ることなく1944年8月1日にニューヨークで持病の肺結核により亡くなりました。
1937年にタガログ語をフィリピンの公用語と定めました。マニラのケソン市は大統領の名前から。裏面は、フィリピンの世界遺産の1つ、ライステラスとジャコウネコ。ジャコウネコは香り高く、そしてお値段も高いカペ・アラミドコーヒーで有名です。
フィリピンの紙幣を注意深く眺めると、時にアテネオ大学150周年、あるいはフィリピン人、ペドロ・カルンソッドが聖人、となったときには表面の白い場所に小さく、しかしそれと分かるように絵柄、あるいは○○周年という表記がされている時があり、興味深いです。
他国による植民地支配の歴史、その中で独立を勝ち取ってきたが故のデザインであると同時に、強い干渉を受けた歴史的背景があることそれらデザインから感じます。少々政治的とも感じなくもないので、紙幣のデザインが決まる過程がどのようなものか知りたいです。
フィリピン新札導入の時の告知ポスター |
中央銀行のお札のリニューアル発表後、段階的に新札に移行すべく、キャンペーンが行われ銀行や両替所などの窓口には、上記のようなポスターが張られていました。
ポスターにはまず、2015年度をめどにして札の交換が行われ、2016年度中は銀行での交換が行われ、市場では使われないことになり、2017年1月から新札に完全移行するという予定が市民に案内されていました。
しかし、予定通りにいかないのがフィリピン!しかし、結果的に今年の2017年6月30日までその交換に与えられた猶予期間は延長されました。
紙幣は、20、50、100、200、500、1000があり、貨幣は1、5、10、25センタボス、1、5、10ペソとあります。センタボスは1/100の単位です。
紙幣のデザインについてですが、まずは20ペソ紙幣から。
フィリピンの50ペソ、新札(上)と旧札(下) |
日常的によく見かけ、使う市民の紙幣20ペソはマニュエル・ケソンコモンウェルス(独立準備政府)初代大統領。大統領に再選した1941年12月、日本がアメリカに宣戦布告、翌1942年に日本がフィリピンを占領した際にアメリカに渡り亡命政府を樹立しましたが、故郷に帰ることなく1944年8月1日にニューヨークで持病の肺結核により亡くなりました。
1937年にタガログ語をフィリピンの公用語と定めました。マニラのケソン市は大統領の名前から。裏面は、フィリピンの世界遺産の1つ、ライステラスとジャコウネコ。ジャコウネコは香り高く、そしてお値段も高いカペ・アラミドコーヒーで有名です。
50ペソ札
50ペソは、オスメーニャ亡命政府大統領。ケソン大統領死後、副大統領から昇格。マッカーサーとともにコモンウェルス政府の復活を宣言しました。裏面は、バタンガス州タール湖のマリプト(Maliputo)、珍しい魚のためか大変高価なのだとか。一度味わってみたいです。100ペソ札
100ペソは、マニュエル・ロハス第5代大統領で、フィリピン独立政府の初大統領。米政府から復興基金を得る一方で、米軍基地の99年間貸与する軍事基地協定、米国人の内国民待遇や28年間の特恵関税などが定められたベル通商法などを結んだ米政府の影響が強い大統領でした。裏面は、ビコール地方アルバイ州のマヨン山とソルソゴン州のジンベイザメ。200ペソ札
200ペソ紙幣は滅多に見かけませんが、アロヨ前大統領の父、ディオスダト・マカパガル第9代大統領。私が先月利用したクラーク国際空港の旧称はディオスダト・マカパガル国際空港です。独立記念日を、アメリカの独立記念日である7月4日から6月12日に改めたのも同大統領。裏面には、娘で元大統領のアロヨ大統領が描かれていますが、汚職の問題のためサイズが小さくなりました。裏面はさらにボホール島のターシャとチョコレートヒルが描かれております。500ペソ札
500ペソ紙幣は2009年に亡くなったフィリピン第11代(第3次共和国第7代)で初の女性大統領。元大統領と夫で暗殺されたニノイ・アキノ上院議員が描かれております。唯一の黄色い紙幣である500ペソは彼らの政党ラバン(Laban ng Demokratikong Pilipino)のカラーで、二人の肖像とマッチしています。裏面は世界遺産のプエルトプリンセサ地下河川国立公園、同州に生息するコオオハナインコモドキが描かれています。1000ペソ札
1000ペソはホセ・アバドサントス最高裁長官、ビセンテ・リム陸軍司令官、ホセファ・エスコダ氏の三人。ホセ・アバドサントス最高裁長官は日本軍への協力を拒み銃殺刑、ビセンテ・リム陸軍司令官はバタアンの闘いでの指揮官、ホセファ・エスコダ氏はフィリピンガールスカウトの創始者で、フィリピン大学で哲学の教鞭をとる才女。日本軍に捉えられ、サンチャゴ要塞に収監され、後に処刑されています。裏は、世界遺産のトゥバタハ岩礁国立公園とシロチョウガイ。フィリピンの紙幣を注意深く眺めると、時にアテネオ大学150周年、あるいはフィリピン人、ペドロ・カルンソッドが聖人、となったときには表面の白い場所に小さく、しかしそれと分かるように絵柄、あるいは○○周年という表記がされている時があり、興味深いです。
他国による植民地支配の歴史、その中で独立を勝ち取ってきたが故のデザインであると同時に、強い干渉を受けた歴史的背景があることそれらデザインから感じます。少々政治的とも感じなくもないので、紙幣のデザインが決まる過程がどのようなものか知りたいです。
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