母の日によせてーフィリピン人の義母と私の関係

フィリピン人男子は総じて、(日本人の基準から言うならば)マザコン/母親想い、です。そんな「ママ大好き」を表現することを恥じない文化圏(笑)、そして例にもれず母親想いのフィリピン人旦那。結婚当初、多少心配であったのが、その義母との関係でした。

義母の初対面の印象は、弱冠厳しそう。話してみると、厳しいのではなく、実は結構シャイであることがわかりました。これまで付き合ってきたフィリピン人の友人やフィリピンで「母」と慕う人たちはどちらかというと肝っ玉母ちゃん、社会的にもアクティブ(元活動家、学校の先生等)で、よくしゃべる(笑)というような人たちだったので、想定外でした。

母の日に寄せて、義母とのコミュニケーション、関係性などを徒然書いてみました。

ファーストコンタクトー結婚の承諾

そんなシャイな義母とはじめて2人きりになったのは、結婚のためのご挨拶に行った時でした。

旦那と婚約し、改めて旦那の家族にご挨拶しなければなりませんでした。家族と行っても義父は既に他界しており、他の兄弟姉妹、とくに義姉とは交流する機会があったので、実質は義母へのご挨拶。

ご挨拶に選んだ日は、万聖節。日本的に言えば、お盆のような日で、家族でお墓参りに行行く、フィリピンの祝日です。旦那の(大)家族とわらわらと墓にお参りに行きましたが途中、どういうわけか義母と二人だけ残されることになりました。

田舎に到着してからというもの、旦那の家族(大人数)に囲まれていたので、実質初めての二人っきり状態。ここで結婚の承諾を得ずして、いつ得るのかと・・・しかし、緊張して思わず口走ったのが以下。
フィリピン万聖節
フィリピン万聖節
著者「お義母さん」
じっと、著者を見つめる義母
著者「息子さんとの結婚を許してください」
さらにじっと、著者を見つめる義母。しかし何も発しない義母に焦る著者。
著者「息子さんを幸せにします」
じっと著者を見つめる義母の目から、ぽろぽろと涙が。
そんなタイミングで義姉などが義母と著者の元に戻ってくるので、義姉たちが義母を泣かせたと著者を冷やかします。

ブログ「死者と共に生きるフィリピン人- 家族で過ごすフィリピンの諸聖人の日(万聖節: All Saints' Day)」 

旦那の幸せを願う母親としての気持ちをひしひしと感じた瞬間でした。

しかし、このセリフは、旦那が著者の両親の前で言ってほしかった言葉だと今更ながら思います。

シャイな義母とのコミュニケーションー義母とチェス

義母と一緒に生活するようになって、義母と過ごす時間を持ちたいと思うようになりました。上記のようにシャイなので、どう意思の疎通をはかろうかと思案します。そんなこんなで、いる時に義母とチェスを打つチャンスがありました。

フィリピン人の多くは、チェスの駒の動きをしっています。甥っ子に基本的な動作を教えてもらっていた著者を傍らで見ていた義母。おもむろに、著者と対戦をはじめます。

しかし、義母を負かすわけにもいかず、ゲームの最中に・・・
著者「お義母さん、その駒をそこに動かすと、私の駒がお義母さんの駒をとっちゃいますよ」
更にゲームをすすめて義母が優勢になりだすと、義母が著者の駒を指さし、著者のしたことと同じようなことをします。

最終的にゲームにならない二人。結局、ゲームはグダグダになって終了。しかし、なんとなく、ゲームを通じてのコミュニケーションが図れました。

言葉と密度

義母との会話は、英語とタガログ語です。申し訳ないことに、著者は義母の母語であるビコール語を単語レベルしか知らないため、会話になりません。仲が悪いというわけではありませんが、そんな言語の問題や義母の静かで控えめな性格も相まって、義母とは長い会話にはなりません。

義母が数年前に入院した際は、仕事のあと毎晩御見舞に行っていましたが、病気になってまで義母に母語以外の言葉で話すことを強いるのがなんとも申し訳ない気持ちでした。

それでも著者の冗談に笑ってくれる義母、そして著者が海外に行く時には別れを寂しく思って涙を流す義母。いつかは、義母と義母の言葉でちゃんとお話をしたいなぁと思うのでした。

異邦人の嫁として期待されること?


経済的な支援?

人からは「旦那が外国人と結婚して(旦那の家族は)喜んでいるのではないか」と言われることがあります。理由は、海外出稼ぎ労働が多いお国柄、海外は経済的安定と深く結び付いているためです。実際、海外に出ている、あるいは海外とコンタクトがあるフィリピン人の金銭的な支援(海外送金等)に対するプレッシャーはかなりのものです。旦那がそういうプレッシャーがあることで、著者自身も経済・心理的に影響をうけています。

人間としての良さ

ただ、実際にフィリピン人の家族の一員になってみて感じるのは、経済的なことも大切ですが、ことはそれだけではないということ。明るさ、優しさ、思いやりがある人物であるのか。「あいつは金があるけどやなやつ」なんていうのもしばし聞かれることです。ましてや、子どもの幸せを願う親としては、「人間としていやなやつ」と子どもが付き合っていて嬉しいわけはありません。そういう意味で、常に著者自身が「人間として大丈夫であるのか?」を自ら問わざるえません。そういう意味では、経済のことはストレスになりますが、根源的には、この人間としてどうであるのか?ということはとても大きな問題であり、みずからよく問わざる得ないことです。

義母との関係を考えた上で、伸ばしたい能力

文化圏に対する、語学をふくめての知識。現地の文化の尊重と理解をもつこと。旦那に対しては、日本文化への理解をある種期待しますが、フィリピン人の家族、とくに海外経験がなく、田舎からほとんど出たことがない義母に対しては、期待すべきではないと思っています。そういうと、なんだか冷たい印象を与えますが、期待しないけど、相手が何か感じてくれたら嬉しいなぁ、というスタンスでしょうか。強調したいのが、こちらが理解すること。

そして、想像力。嫁ぐこちらが大変ならば、受け入れる方も大変さがあります。そういう意味での相手の立場を考える想像力が日常的に必要になります。そして、義母の包容力、理解や周りのサポートへの感謝。

関連ブログ「フィリピンの母子関係の強さ

スポンサーリンク

スポンサーリンク

Subscribe