台風ヨランダ被災地―タクロバンの復興の様子

昨年2013年11月8日に台風ハイエン(現地名:ヨランダ)により甚大な被害を受け、有名になったタ
クロバン。その地を仕事の関係でまた訪れることとなりました。

数カ月前に訪れた時に立ち寄ったいくつかの場所は、建物の修繕が進みつつあります。

ロビンソンショッピングモール
街で唯一と言ってよいであろう、大きなショッピングモールロビンソンは修繕され、二階部分もつい最近オープンしたとききます。まだ、ショッピングモールお馴染のいくつかの店舗は修繕が終わっておりませんが、それでも週末はにぎわいます。



パロの大聖堂
台風の3カ月後に訪れた大聖堂は屋根もなく、むき出しの状態でしたが、今は屋根があり内部の改装に携わる多くの労働者を見ます。外壁は以前の様子を取り戻しつつあります。



国際団体の車両とスタッフ
タクロバンに戻る道すがら、国際NGOや国連の車両を幾度となく見かけました。そして、夜はそれらのスタッフらしき人物が同僚と飲む姿を見かけました。ここから、まだ多くの国内外のNGOがこの地域でプロジェクトを展開していることがわかります。


空港までの道のり
まだ、国際団体や国連の組織のロゴが入ったテントを多く見かけます。建物の復興は時間がかかりつつも少しづつ進んでいるように感じます。そこに住む人々も復興が進む街でどう生活を営んでいるのか気になり、出会う人何人かに話を聞いてみました。

私が話した人々は、当時のことを鮮明に思い出します。その時にどうしたか、台風が上陸した後はどのような様子であったか、そして彼らは何をしたのか。

何人かの話を聞いた人は、台風直撃後は親族の家に避難して一ヶ月後に戻ってきたと言います。食べ物がない、そして聞く以上に激しい死臭。そうした答えをくれたのは、中流家庭で自分の持家があり、そして警備員がいるエリアに住んでいるという人たち。


選択肢がない人たちはここに残る以外にはありません。沿岸に住みつつも難を逃れた女性は涙を浮かべながら避難した時様子を語ります。

彼女と話をしながら、温暖化の影響で台風が強くなっている(という研究が発表されている)という話したら、「ここを台風が襲った理由は人々が罪深いからではないのか?」と涙を浮かべ聞いてきましたので「違う」と否定。専門家ではないものの、兎に角ここに住む人の故ではないと説明。

そんな風に思い続けていたら、シンドイだろうなぁと思いました。フィリピンは元々台風が多い地域なんだよと言いたい、そして備えたら受ける被害を抑えることが出来るかもしれないともっと言いたかった。私の言ったことは果たしてどこまで真意が伝わったのだろうか。

そういう意味では人々も“復興”に向けて動きつつも、もう少し時が必要なことを実感しました。








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