オランダ、ロッテルダム散策:心臓の破れた男の像とキュービックハウスを見に行く!

ロッテルダムの街並みはこれまで見てきたオランダの古い町並みと異なり、かなり近代化されています。港町であるため、第二次大戦中はドイツ軍によって町は酷い空爆を受けて、多くの部分が破壊、後再建されました。



ロッテルダム( Rotterdam)

ロッテルダム( Rotterdam)は、南ホラント州にある基礎自治体、オランダ第二の都市。マース川とスヘルト川が北海に注ぐデルタ地帯に発達した産業都市。第二次大戦の時は、ヨーロッパの主要な港町であったため、ドイツ軍の爆撃を受け建物が破壊し尽くされたといいます。そこから再建・復興したため、オランダの他の都市と比べて近代的な建物が多く、一歩ロッテルダム中央駅から降り立ってすぐに町並みの違いに気がつきます。

近代都市ロッテルダムという顔がある一方、デルフスハーフェン地区は中世の家並みを再建したため、近代と中世の街並みが共存する街となったと聞きます。




今回は所要のついでの途中下車。目的地は、「心臓の破れた男」の像と「キュービックハウス」。

心臓の破れた男


「心臓の破れた男」はオシップ・ザッキンによって1951年に作られた、1940年のドイツ軍空襲のモニュメント。
第二次世界大戦初頭の1940年5月10日、ドイツはオランダと開戦しました。ドイツ軍にとって、大都市で工業地帯・港湾でもあるロッテルダムは重要な攻略目標となり、ニューウェ・マース川のヴィルヘルム橋は、ドイツ軍空挺部隊によって占領。オランダ軍の橋奪還を試みたものの失敗。ドイツ軍とオランダ軍は橋を挟んでにらみ合いとなりました。オランダ軍の粘り強さに対して、ドイツ軍は空爆を決定、オランダ側に降伏勧告をするもののオランダが拒否することで空爆を実行しました。その結果、中心部の2.6平方kmが焼け野原になり、8万人が住居を失い、死傷者の正確な数は知られていないそうです。

心臓の破れた男、オランダ語ではDe Verwoeste Stad(破壊された都市)です。日本語訳のほうが詩的な感じがします。身体の心臓にあたる部分が抉られているのは、ロッテルダム中心地が爆撃され、破壊されたことを明示しているように思われ、戦争への恐怖と圧倒的な暴力への怒りを感じました。

心臓の破れた男の像 ロッテルダム
心臓の破れた男の像



キュービックハウス

男の像から歩くこと約10分、キュービックハウスに到着です。40の家を45度傾けて持ち上げて作られてと言われています。1984年建築家ピート・ブロムは、一本の木のような家が集まって森を形作っているイメージから、活気あふれる安全な楽園のような“ビレッジ”を、市街地に創り出すことをコンセプトとして、「キュービックハウス」をデザインしました。駅前に現れた奇抜な建物は人目を引きます。私が到着したときにも何人かが熱心に写真を撮っていました。殆どの家は住居者がおりますが、一軒だけ内部を公開しています。写真を撮りまくってしまいましたが、普通の民家を撮っているのに気が引けてしまいました。

キュービックハウス ロッテルダム

[キュービックハウスの詳細情報(2012年度)]
1月1日〜12月1日 月〜日10:00-17:00
元旦は開いていません。
入場料
大人 2.5ユーロ 
グループ割引があるようです。
















 ロッテルダムでは近年、スリや車上荒らしなどがありオランダの他の都市に比べて治安が悪いと言われています。地下鉄なども通り、市街地を手軽に移動できるものの移動の際にも注意が必要とのことです。しかし、ロッテルダムはぶらりと歩いて街の景観を楽しむほか、海洋博物館や、ボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館、デルフスハーフェン地区なども楽しめると思います。 次回はゆったり回りたいです。

 しかし、改めてヨーロッパが昔から近代に至るまで戦場で、多くの血が流れたことを街のちょっとしたモニュメント、建築物などから思い出されます。


 

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