少年を訪ねて!フィリピンのコミュニティ訪問

友人Lさんが日本からお休みを利用してやってきた社会人たちのホストをしていること、そしてその日本人の方々がコミュニティで活動をするという情報を当日の朝得て、突然ですが活動に参加させて頂きました。

貸し切りジプニー
貸し切りジプニーで移動(2014年1月2日のこと)

人探し?


日本から来た社会人とは、大学時代のボランティア活動をしていた方々で、社会人になった今も冬のお休みを利用してフィリピンのしかもナガまで来ていました!3人のうちの二人は6~7回目の来比。もう一人の方はその2人に誘われて初めてのフィリピンとのことでした。
さて、その活動とやらですが、実は詳細は知らぬまま兎に角、そしてまたしても二つ返事で参加の意思を表明したので、実際活動の内容は知りませんでした。

貸切のジプ二ーで到着!そのジプ二ーでナガ市から約16キロほどのカラバンガのコミュニティへ向かいます。所要時間は30分程。

フィリピンの田園風景
フィリピンの田園風景

行きのジプ二ーの中で初めて出会った3人の日本人の方に自己紹介をしました。そしてジプ二ーの中で活動を初めて知りました。友人から、コミュニティの子どもたちと遊ぶ活動をすると聞いていましたが、実際は活動は過去にあったコミュニティの子どもたちを探す、人探しの旅でした。

湾に近い湿地帯で、ニッパ椰子が生い茂っています
人探しといえども、コミュニティは知っているけど、知っているのは少年のニックネームと、うるおぼえの顔。日本人の社会人3人組は、覚えていることを手がかりに聞き込み調査を行うことに。日本のテレビ番組の「あの人に会いたい」を思い出しました。少年の顔など全く知らない著者はこの捜索活動の役に全く立ちそうにないので、彼らが子どもたちを探している間、コミュニティのリーダーの奥さんと言われる人とお話して、コミュニティについて少しだけ伺うことにしました。

どんなコミュニティ

コミュニティは国道沿いに並ぶように立ち並び、その数は100件ほど。基本的には米をはじめとする農作物で生計を立てており100件の家族は大体は7~10人で構成。そのうちの数人はナガ市内やマニラなどで働きに出ているようです。

ニッパ椰子に囲まれた湿地帯であるため、それを編んで家屋の屋根、壁を作り販売するのも生計の1つの手段といいます。ちなみにフィリピンの田園地帯にある家は、竹で構造を作り、ニッパ椰子を編んだ屋根が覆います。

国道沿いに民家は集中しており、コンクリートの作りの比較的しっかりとした家が見られますが、国道からちょっと入った家は竹、家の軒先は土、その外で女性が調理している姿を幾度となく見かけました。家屋の作りは弱く、台風などで洪水がおこるとすぐに倒壊してしまうという話でした。そのため、家の中に余分な所有物は何もないそうです。ある材料ですぐに再建するのだといいますが、それでも自然災害の度に生活を立て直すというのは大変なことです。

家の周辺には田園風景が広がり、田んぼの緑が青空に映えとても美しいのですが、災害と隣合わせの生活をしています。



問題

教育の問題もあるといいます。収入が少なく、子どもたちが学校に行けないということや、とある青年は両親が金銭的問題から出生届けを手出しておらず、就学に支障をきたしているという話でした。

出生届にそんなにお金がかかるのか?という素朴な質問ですが、届け出に行くための交通費と役所への手数料です。彼らにとってそれを捻出するのは大変なことだったようです。しかし、それでもやはり子どもの将来を考えると無理をしても頑張って提出してほしいというのは話を聞いた者の素朴な感想です。

その後

著者がコミュニティの住民と立ち話をしている間、社会人女子と少年は再会を果たすことができていました。その後、コミュニティの子どもたちを友人宅に招き皆で鍋を囲んだ交流会をしました。日本から持ってこられた調味料と現地の食材を入れてのなべが完成し、皆でおいしく頂きました。

突然の参加にも関わらず快く受け入れてくださった3人の女子と友人、著者のインタビューに笑顔でコミュニティの方々に感謝でした。最後には日本のお菓子やカップラーメンまで頂いてしまいました!久々の日本の製品に嬉しく、感謝していただきました。

ま仕事ではなく、自分の生活しているコミュニティでもない場所を訪問することができ、フィリピン社会や人々をある距離感を持って見ることが貴重な機会でした。仕事であれば、仕事として関与する問題にフォーカスし、また普段の生活ではフィリピンの日常に埋没してしまうこともただあるので、比較的ニュートラルな気持ちでいろんな人と話をすることができたことが大きな収穫でした。

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